労働法判例いろいろ
やっほー。久しぶりの更新ですね。
労働法関連の面白判例を投下します。
時間外労働系・休日出勤系
トーコロ事件(36協定当事者が過半数者代表者か?)@最高裁第2小法廷判決
日立製作所武蔵工場事件(時間外労働義務の有無)@最高裁第一小法廷判決
阪急トラベルサポート事件(事業所外みなし労働時間)@最高裁第二小法廷判決
概要
旅行添乗員Xは被告会社Yからの派遣社員としてA社のツアーの管理業務に従事していた。AはXに対して、業務の具体的内容が記載された旅程管理のマニュアルを与え、常電に話の電源を入れておくように指示していた。さらに添乗日報の作成提出も指示していた。この添乗日報は旅程管理の状況が具体的に把握し得るものであった。添乗員はこれに加えて、旅程に変更が生じないように管理すること及び変更が生じる際にはAから指示を受けることを義務付けられていた。
Xは添乗業務には労基法38条みなし制が適用されないと主張し時間外賃金と休日労働の割増賃金を請求。
判旨
本件添乗業務はみなし制が適用されない。
業務の内容が予め具体的に確定されている上、添乗員の業務上の裁量は限定的である。業務指示内容や報告書などから添乗員の勤務状況を把握することが困難とは言えないため、労基法38条にいう「労働時間を算定しがたいとき」には当たらない。
三菱重工長崎造船所事件(何を以て労働時間とするのか)@最高裁第一小法廷判決
大星ビル管理事件(仮眠時間は労働時間に含まれるのか?)@最高裁第一小法廷判決
概要
原告Xは被告会社Yの従業員としてビルの当直業務を行っていた。当直勤務中には仮眠時間が与えられいるが、仮眠室在室や電話接受、警報への措置を取ることなどが義務付けられていた。
Xは仮眠時間は労働時間に含まれると主張して時間外割増賃金を請求し提訴した。
判旨
仮眠時間は労働時間に当たる。
労働時間は使用者の指揮命令下にあると評価できるか否かで客観的に決まる。仮眠時間中に実作業を行っていないというだけでは指揮命令下から離脱したとは言えない。仮眠時間中も労働契約上の労務提供義務を負っていると評価される場合、労働からの解放が保障されていないためである。
本件では仮眠時間中であっても労働者に対して義務を負わせている。したがって、実作業に従事していないからと言って労働からの解放が保障された状況にはない。ゆえに指揮命令下にあるといえる。
有給関連系
白石営林署事件(有給の時季指定と変更権)@最高裁第二小法廷判決
概要
原告Xは有給申請した後これの承認を待たずに退庁し申請した日を欠勤した。営林署長はXの申請を不承認とし欠勤日の賃金を支払わなかった。そこでXは不承認は無効だと主張して未払い分の賃金の支払いを請求して提訴。
判旨
不承認は無効。
年次休暇の成立要件には、労働者による休暇の請求(「休みを取らせて下さい、許可をお願いします」)や使用者の承認(「休みを与えよう」)の観念を受け入れる余地はない。年次有給の権利は、「法律上当然に」労働者が有する権利であり、労働者の請求をまって生じるものではない。休暇付与義務者である使用者には、労働者が時季をして請求した年次有給を享受することを妨げないことが要求される。
結局のところ、使用者が時季変更権の行使をしない限り、労働者の時季指定権の行使による年次休暇が成立する。
なお、休暇をどのように行使するのかは労働者の自由であり、使用者の干渉は許されない。
時事通信社事件(調整を経ない場合の時季変更権行使について)@最高裁第三小法廷判決
概要
原告Xは社内でただ一人の担当分野記者クラブ常駐記者であった。
Xは約一か月の連続した休暇を申請したが、上司は、Xが社内でただ一人の担当分野記者クラブ常駐記者であるために取材報道に支障がでることや代替記者を配置する人員的余裕がないことを理由として2週間ずつ2回に分けて休暇を取ってほしいと回答し時季変更権を一部期間に行使した。しかしXは時季変更権に基づく業務命令に反し欠勤したため、懲戒処分を受け賞与の減額がなされた。Xは懲戒処分の無効確認と賞与減額分の支払いを求めて提訴。
判旨
時季変更権行使は適法。
使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、指定期間中の業務量の程度や代替人員の確保の可能性、同時季を指定する他の労働者の有無等、事業活動の正常な運営に関する諸般の事情について正確に予測することは困難である。
労働者が、事業の正常な運営に要する使用者の行う計画や他の労働者の休暇予定等との調整を経ることなく、連続して長期の休暇を取るべく時季指定を行うとき、この休暇が事業運営にどの様な支障をもたらすか、休暇の時期及び期間についてどの程度の修正変更を行うかに関しては使用者にある程度の裁量を認めざるを得ない。この裁量的判断が休暇取得への配慮に欠けるなど不合理なものであった場合に時季変更権行使は違法となる。
賃金系
日新製鋼事件(合意による相殺)@最高裁第二小法廷判決
概要
Y_1はY_2社に雇用されている間にY_2から借金をした。その後Y_1はサラ金にも借金をし、やがて借金がかさみ破産申し立てをすることとなった。そのため、Y_1はY_2を退職することにし、Y_2からの借金は退職金や残務給与等をもって返済することで双方合意した。Y_2からの借金の清算が終了した後にY_1は破産宣告を受け、破産管財人としてXが選任された。Xは、Y_1が退職金や残余給与等で借金を相殺することに合意したのは退職せざるを得ない状況下での不完全な自由意思によるものであると主張。Y_2は全額支払い原則に反しており、仮にY_1の完全な自由意志によるものであっても、他の破産債権者を害することを知っていたので合意による相殺を否認するとして、退職金並びに残余給与等の支払いを求めて提訴。
判旨
Xは否認し得ない。
相殺の有効性に関しては、労働者の合意を得て相殺により賃金を控除することは労働者の完全な自由意思に基づくものである限り、全額支払原則によって禁止されるものではない。
社費留学系
野村証券事件(留学費用は返還すべき?)
概要
原告会社Xに雇用されていたYは、Xの負担で留学した。Yは帰国後一年十か月で退職したため、Xは留学費用の返還を求めて訴訟。
なお、Xの海外派遣要綱には留学後5年以内に自主退職をした場合には費用を弁済しなければならない旨規定されていた。
判旨
YはXに留学費用を弁済しなければならない。
会社が負担した海外留学費用を労働者の退社時に返還を求めるとすることが労働基準法16条違反となるか否かは、それが労働契約の不履行に関する違約金ないし損害賠償額の予定であるのか、それとも費用の負担が会社から労働者に対する貸付であり、一定期間労働した場合に返還義務を免除する特約を付したものかの問題である。
本件では、一定期間内に自己都合退職した場合に留学費用の支払義務が発生するという記載方法を取っているものの、弁済又は返却という文言を使用しているのであるから、後者の趣旨であると解するのが相当である。
しかし、具体的事案が上記のいずれであるのかは、単に契約条項の定め方だけではなく、労働基準法16条の趣旨を踏まえて当該海外留学の実態等を考慮し、当該海外留学が業務性を有しその費用を会社が負担すべきものか、当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものかを判断すべきである。
業務とは直接の関連性がなく労働者個人の一般的な能力を高め個人の利益となる性質を有する長期の海外留学をさせるという場合には、多額の経費を支出することになるにもかかわらず労働者が海外留学の経験やそれによって取得した資格、構築した人脈などをもとにして転職する可能性があることを考慮せざるを得ず、したがって、例外的な事象として早期に自己都合退社した場合には損害の賠償を求めるという趣旨ではなく、退職の可能性があることを当然の前提として、仮に勤務が一定年数継続されれば費用の返還を免除するが、そうでない場合には返還を求めるとする必要があり、仮にこのような方法が許されないとすれば企業としては多額の経費を支出することになる海外留学には消極的にならざるを得ない。また、上記のような海外留学は人材育成策という点で広い意味では業務に関連するとしても、労働者個人の利益となる部分が大きいのであるから、その費用も必ずしも企業が負担しなければならないものではなく、むしろ労働者が負担すべきものと考えられる。他方、労働者としても一定の場合に費用の返還を求められることを認識した上で海外留学するか否かを任意に決定するのであれば、その際に一定期間勤務を継続することと費用を返還した上で転職することとの利害得失を総合的に考慮して判断することができるから、そのような意味では費用返還の合意が労働者の自由意思を不当に拘束するものとはいいがたい。
富士重工業事件
労災系
行橋労基署長事件(懇親会は業務か?)@最高裁第二小法廷判決
概要
職場で中国人研修生の懇親会が開かれたが、Bは業務が残っていたために職場に残っていたところ、上司が仕事はあとで手伝うから懇親会に出席してほしいと言われたので懇親会に出席した。Bは懇親終了後に交通事故で死亡。遺族が労災申請したものの懇親会は「私的行為」として不支給。これに対し遺族が提訴。
判旨
本件の懇親会は業務に当たる。
懇親会への参加は上司の要請であり、また研修目的を達成するために会社が設定したものであることから研修生と社員との親睦を深め親会社と子会社の関係強化に資するものであるから事業活動に密接に関連したものである。
採用の自由系
概要
原告Xは新者であり被告会社Yに試用雇用されていた。YはXが学生時代に学生運動に参加していたことを知り、Xを試用期間終了後に本採用しなかった。これに対しXが提訴した。
なお、Xは採されるいあたり学生運動参加歴を隠していた。
判旨
YによるXの本採用拒否は職権濫用に当たらない。
Xに思想信条の自由があるのはもちろんのことだが、同時にYにも営業の自由がある。そうすると法律上の制限がない限りは採用の自由が原則保障されるべきである。
「企業が…当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、…客観的に相当と認めらる場合には」留保解約権の行使が可能となる。つまり、「本採用はしない」ということが可能。
大日本印刷事件(内定の効力)@最判第二小法廷判決
概要
原告Xは大学からの推薦を得て被告会社Yから内定通知を得た。XはYに求められた諸書類を提出するなどしていたが、後日Yから理由の提示なく内定を取り消された。これに対しXが提訴。
なお、Xは内定を受けてYに対し内定取消事由(履歴書虚偽記載・共産運動への関与・卒業不可・健康状態の悪化による就労不能・その他の事由により勤務に不適と判断される事項)への誓約書を提出していた。
判旨
Xに対する内定取り消しは無効である。
内定の法的性質は、内定以外には労働契約等のための意思表示が予定されていなかった場合にはYからの募集に対するXの申し込みに対するYの「承諾」となる。誓約書の提出も相まって、XとYとの間には解約権留保付きの労働契約が成立していたというべきである。
新卒採用内定の関係に入った者は解約権留保付きとはいえ卒業後には内定を出した企業に勤務することを期待し、他企業への就労を放棄するのが通例である。そうすると就労の有無の違いはあるが、採用内定の関係に入った者の地位は、試用期間付きの雇用関係にある者の地位と基本的には異ならない。したがって、試用期間の解約権留保の法理が採用内定関係にある者にも適用される。このときの採用内定事由は「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、…これれを理由として採用内定を取り消すことが…客観的に合理的と認められ」る場合に限られる。
これに当たらない内定取り消しは権利の濫用である。
就業規則系
秋北バス事件(合意していない就業規則の法的性質とは)@最高裁大法廷判決
第四銀行事件(就業規則の不利益変更は有効か?)@最高裁第二小法廷判決
概要
被告銀行Yは賃金水準が55歳の定年後58歳まで保障される賃金体系を有していたが、労働協約を締結しこれに関する就業規則を変更した。変更後の規則では、定年を引き上げ60歳とする代わりに55歳以降の賃金水準を引き下げた。これに対し原告Xが就業規則の不利益変更は無効として提訴
判旨
変更は有効。
新たな就業規則の作成又は変更による不利益変更(労働者の権利を奪い、不利益な労働条件を課すこと)は原則として許されない。しかし、労働条件の統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいうと、規則が合理的であれば、個々の労働者はこれに同意していないことを理由に規則の適用を拒否できない。
規則が合理的であるとは、当該規則の作成又は変更が必要性と内容面からみて、労働者が被る不利益を考慮してもなお労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有していることをいう。特に労働者の賃金や退職金等の権利や労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更は、これを労働者に受任させるだけの高度の必要性に基づいた合理的なものでなければならない。
本件に関しては、高度の必要性が認められ、また変更後も賃金水準が社会一般に比べて高いことや代替措置の存在など内容的にも合理性を有している。